伏    見    の    御    水



(御香水)

(御香宮神社)

(御香水口)

京都市伏見区桃山御香宮門前町

@市バスより
JR「京都駅」⇒市バス醍醐車庫行(40分)「御香宮前」下車
A近鉄より
JR「京都駅」⇒近鉄京都線(8分)「桃山御陵前駅」下車⇒徒歩1分
B京阪電鉄より
JR「京都駅」⇒京阪電鉄「桃山駅」下車⇒徒歩3分
C駐車場あり

御香宮神社(電話)075−611−0559

  伏見全町の総氏神である御香宮神社(ごこうのみやじんじゃ)には、その名の由来ともなった「御香水」(ごこうすい)が湧き出ています。
  伏見はかつて「伏水」と記されていたように昔から良質の地下水に恵まれてきましたが、平安時代に境内から香り高い水が涌き出ました。その名を「御香水」と呼ばれ、神社の名前まで変えたそうです。
  本殿左手に湧くその水は、伏見の酒作りに欠かせない超軟水の水です。伏見は昔から酒どころで、灘の辛口(男酒)に対し、伏見の酒は甘口の女酒と言われています。
  境内に湧き出ています御香水は、昭和60年に環境庁が指定した「日本名水百選」の一つに選定され、私が訪れた時もペットボトル持参で汲みにくる人が絶えませんでした。
  もとは石井(いわい)の名で知られる伏見七名水のひとつで、徳川頼宣、頼房、義直の各公はこの水を産湯として使われたそうです。

(名水百選認定書)
昭和60年に認定されました。

(石碑)

  御香宮神社は、日本第一安産守護大神・神功皇后を主祭神とする九神を奉り、元は「御諸神社」と称しましたが、平安時代の貞観4年(862)、香りのよい水が湧き出たことから、清和天皇より「御香宮」の名を受けたそうです。
  旧伏見城の大手門を移築した表門、徳川家康の再建と伝える本殿などが、豪壮華麗な桃山時代の面影を伝えています。


(御香宮神社表門看板)


(御香宮神社表門)

 


(御香宮神社)

<御香宮神社のいわれ>
 
当社は安産と子育ての神様「神功皇后」をお祀りしています。初めは「御諸神社」といいましたが、862年(貞観4年)9月、境内に清泉が湧いてその芳ばしさが四方に広がり、様々な奇跡が起こって、清和天皇より「御香宮」の名を頂きました。
  中世に伏見宮家の庇護を受けて伏見庄九郷の産土神として信仰を集め、近世には豊臣秀吉の寄進を受け、また1605年(慶長10年)徳川家康は現在の地へ現本殿を建て、社領300石の寄進も受けました。
  特に伏見で誕生した紀伊、水戸、尾張三侯の藩租は、いずれも当社を産土神とあがめ、江戸時代に社名が益々高まりました。
  1868年(慶応4年)1月、伏見鳥羽の戦いに、当社は薩摩藩の陣営となり、大手筋をてだてて南の伏見奉行所の幕府軍と戦いましたが、幸いにして戦火を免れました。
  10月1日から10日までの「神幸祭」は古くから「伏見祭」と呼ばれて、今も洛南一の大きなお祭りとして有名です。
「洛南保勝会」

以上
(筆者:東京本社 S.H〜2001/1/13取材)


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